9月1日(火)の夜,盛岡市にある舘坂橋教会での盛岡バッハ・カンタータ・フェラインの通常練習に参加してきました。あと2ヶ月半で演奏会本番を迎えるので本番を想定した練習の時期かと思いきや,筋肉の使い方のトレーニングと音楽のイメージの共有と実現といった徹底的な基本練習でした。もちろん指導は指揮者の佐々木正利先生です。
この日に取り上げた楽曲はH. Schütz作曲の《Geistlche Chormusik》(1648) op.11から"Unser Wandel ist im Himmel"Nr.22でした。しかも,全部で99小節の作品の54小節から始めて80小節あたりまで,25小節ほどで1時間50分のレッスンが終わりました。
歌で表現するには声をコントロールすること,これは当たり前のことです。でもこれが本当に難しい!やっているつもりなのにできていないことばかりです。
まずは子音をドイツ人と同じように明瞭に発すること。発音(音を発する)ためには,日本語話者である自分たちが普段使わない筋肉を,それも相当程度強く使わなくてはいけません。使えるよにならなくてはいけません。そのためには何度も何度も繰り返して筋肉をコントロールできるようになることは必須です。
言葉のニュアンスを伝え意味を表現するには,声=母音が強すぎてはいけません。「歌う」という動作は基本的に母音に音高を与えて旋律を作ること,と考えがちです。しかし言葉として聞き取らせるには,母音の音量が増したらその分子音の音量も増やさなければバランスがくずれてしまいます。「音」や「声」は聞こえても「言葉」としては聞こえ辛くなります。そこで必要なことは,母音の強さのコントロールです。「声は出すけれども母音は大きくしない」「子音は強めるけれども母音は強めない」「大きな母音ではないけれども音(声)の響きは失わない」といったような難しい声のコントロールを実現するためには,そのための筋肉をコントロールできるようにならなければなりません。
そして言葉を聞き取らせるには,「言葉のアクセントがあるから強く発音する」とか「ストレスのないシラブルだから音を小さくする」のように音量を変えるのではなく,平らに歌いながら喋りの抑揚をコントロールすることです。
それらの全ては音楽に乗せて言葉を伝えることのためですから,それを実現する言葉や音楽のイメージのために成されなければなりません。
先日までコンクールに向けて盛岡某高音楽部で日本語の表現にチャレンジしてきたこともあって,この日のレッスンからはとても多くの学びを得ましたし,目指してきた方向に間違いがないとも感じました…もちろん足元にも及びませんが。(東北大会に向けて徹底的な基本練習でさらに磨きをかけよう!)
演奏会の本番は11月15日(日)14:00から盛岡市民文化ホール(マリオス)大ホールです。器楽アンサンブル(オルガンつき)の伴奏も聴きどころです。ぜひ足をお運びください。チケットのお問い合わせも待ってます!!


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