リハーサルを聴いていて,弦楽器の音色が違う感じでした。爽やかな乾いている感じ。そして明るい。うまく言葉では表現できませんが,ドイツでオケと一緒に演奏した時も感じたように,音色の価値観が違うんですね,きっと。声楽も同様で,スラブ系だからなのかは不明ですが,ソリストの前の「鳴り」が強いのでとてもでかい声に聴こえます(でもドイツ語はけっこう適当でした)。
演奏はとてもコントロールされていて,合唱に対してオケが大きすぎると,指揮のジャジューラさんは対象のパートを指示して音量を抑えるなど,声楽と器楽と全体で音楽を作ろうとしていることもよくわかりました。それにしてもゲネプロの際,合唱が始まってまもなくのあたりですでに(しかも演奏しながら)ジャジューラさんが親指を立てて「いいね」のサインをくれたのは嬉しかったですね。
「男声合唱の前の「軍隊の行進」のところをどんな思いで演奏してるのだろう」とか,「Alle Mensche wierden Brueder」ってどんなふうに考えているんだろう,とかゲネプロ・本番で音楽以外のことにいろいろと思いめぐらせ,なんだか込み上げるものがあったりもしました。
合唱団は「盛岡市を中心に活動する合唱団体や小中高校から本公演のために組織された特設合唱団」という名前でプログラムに載りました。長いのですが,実は今回のメンバーの特徴を的確に表していると思います。年齢構成が十代から八十代でしたが,声質が見事に溶け合って,心にまっすぐに届いてくる感じの声質にまとまったように思います。また,年齢的に縦長の構成にすることによって,今回だけでなく未来に生きる演奏会になったように思います。こういう企画って素敵ですね。今更ながら「教育」環境の大切さをいろいろなところで感じています。
第3楽章が終わってステージに出て行ったら,なんと大ホールが3階まで満員!そして終演後はスタンディング・オベーション!2階席にはウクライナの大きな国旗を広げる方もいました。力強くそして長く続く拍手を,大人はもちろん子どもたちはどう受け止め感じたのでしょうね?(本日別な合唱団の練習でお会いしたキャラホール少年少女合唱団の指導者ARさんによると「子どもたちは終わってからみな涙,涙でした。」とのこと)。コンクールの世界しか知らない(コンクールが第一と考える)小中高校生などは,こういう音楽の世界をどう感じたのでしょうね?
コンサートマスターというより今回は合唱団のステージマネージャーの仕事が多かったように思います。その意味で盛岡市文化振興事業団のスタッフの方々と一緒に取り組むことができました。(2015年のブラームス作曲《ドイツ・レクイエム》演奏会の時と同様)お互いにたくさんの学びの場になったように思います。スタッフの打ち上げの際,今後Zホールとの連携も考えているという話も聞きました。それもまた楽しみになってきました。
翌日の岩手日報の第一面に掲載されました。盛岡市にとってとても大きな意味を持つ演奏会になったと思います。
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