2月17日,火曜日の夜,いつものように盛岡市の舘坂橋教会で盛岡バッハ・カンタータ・フェライン(以下,「フェライン」)の通常練習が行われました。
この日はドイツから,フェラインの会員である小野寺貴子さんとクラヴィーア奏者で合唱指導もなさるハンス・クリストフさんが参加されました。小野寺貴子さんは先日の土・日に開催されたグルッペ・ベッヒライン主催,フェライン後援の声楽の公開レッスンの講師をつとめられました。
練習の後半,小原コンサートマスターの指導の下,お二人からたくさんのアドヴァイスをいただきました。まずはBWV147の10曲目のコラール,そしてシュッツの"Ein Kind ist uns geboren"の中間部分。
「細かい音符(16分音符)を旋律の中で生かすためには,テンポを優先しない。」…テンポを一定に保つことを無意識のうちに前提するため,言葉を生かせていない。テンポが揺らいでもいいように「バッハは書いている」とも。
「音楽がどこに向かうか理解し共有する。」…まずは自分のパートのフレーズがどこに向かっているのか,そしてそれが全体の音楽とどう関っているか。
「そのためにも他のパートの音や動きを聴くことが大切。」
他のパートを聴くことについては,先日山形で指揮していただいた鈴木秀美さんの著書『通奏低音弾きの言葉では,』で理想的な通奏低音のチェロについて「和声感のあるチェロ」と書いていることと繋がりました。そしてこれは通奏低音だけでなくどのパートにも多かれ少なかれ必要なことと思いました。
しかし,そういった「言葉」によるアドヴァイス以上に,彼女の歌う「うた」や「息づかいの運び方」など声で示して聞かせてくれる音楽のなんと音楽的なこと!なんと素敵なこと!これぞ「声楽」(声で成す音楽)なのだということを感じました。
自分の大学院生時代に音楽学の先生が「言葉で語り尽くせないことを表現するのが音楽なのに,音楽学はそれを言葉で語ろうとする。大きな矛盾。」と講義の最初におっしゃっていましたが,まさに音楽でなければ伝わらないものがあります。そこにこそ価値がありそれを大切に音楽活動していくことを忘れてはならないと思いましたし,そういうことを感じさせてもらえる環境で学ぶことができることを有難いこととあらためて思いました。
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